志産志消の発想

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*地産地消の効果と限界

「地産地消」とは、「地元で生産されたものを地元で消費する」という意味でつかわれ始めたキャッチフレーズだ。近年、消費者の農産物に対する安全・安心志向の高まりや生産者の販売の多様化の取組が進んでいる。特に海外産の食材や、添加物が相当に使用された加工品に対する不安もあり、生産者と消費者とが直接的に触れ合うことができる形での販売方法としての「地産地消」への期待が高まってきた。

地産地消とは、地域で生産されたものをその地域で消費することだが、さらに、この活動を通じて、生産者と消費者とを結び付けようという試みもある。地元の人が地元でつくった農産物を、地元の人が消費するという仕組みによって、生産者と消費者との関係はずっと近いものになる。地域愛にも繋がるものであり、日本のほとんどの自治体が推奨している。

各地でファーマーズマーケットなどの産地直売所ができたし、また道の駅などでも地産地消のコンセプトで、地元の野菜や果物、魚介類が販売されるようになった。最近は、イオンなどの大手スーパーも賛同しはじめて、「地物一番」などのキャンペーンが見られる。また学校給食でも地元産のものを極力使う学校も増えている。

いいことづくめのような「地産地消」だが、いくつもの限界も見えてきた。まず、一種の保護貿易的な発想もありので、すべての地域が地産地消を推進すると、販売スケールは小さくなる。特に日本の場合には、生産地域と消費地域がかなり分かれている。尾鷲でできたもの・とれたものを尾鷲だけに販売していたのでは、小さな経済活動しかできず、自立した農業・漁業は確立できない。また、「ブランド」戦略にも必ずしもいい効果をもたらさない。「ブランド」として立ち上げるには、広範囲の人がその産品の名前と価値を認めることが必要だ。地元への戦略だけでなく、より広範囲の地域への戦略が大切なのだ。地元でとれたものが必ずしも質がいいとは限らないということも見逃せないポイントだ。地元でとれたものを優先することによって、自由な競争が阻害される。その結果、より良いものをつくろうとする意欲が育ちにくくなるのだ。

地産地消は多くの自治体が政策として持つが、実際には経済的に大きな効果が認められたとはいえない状態だ。素晴らしい面を持っているが、同時に保護主義的な面をも持ち合わせており、その後の建設的な展開が妨げられているのだ。

*「地」だけでなく、「志」の大切さ

私は、生産者が産品に注ぎ込む「志」(こころざし)に注目した。「国産」の産品は高く評価されることが一般的になっているが、これは、日本でとれたからということだけが、重要なのではない。日本の国産品は、品質が高く、安全だ、ということだから、高く評価されるのだ。つまり日本の農家が注ぎ込んでいる「志」が重要なポイントになっている。もちろん、国産品においても、「志」の高いもの、低いものとバラツキがある。「志」を高く持ち、しっかりとした品質の産品を作る生産者を応援することが必要なのだ。

有機農法を例にとろう。この方法と発想に魅せられて有機農法に取り組む農家は少なくはない。しかし、非常にたいへんな作業を伴い、大量生産が阻まれる。だからといって今の社会では、それほど高い価格設定をすることができず、結局、有機農法をしても経済的には報われない農家が多いのだ。

生産者が「志」を高く持って産品を作り、それを消費者がその「志」を評価し、「志」を持って購入する社会運動が重要だと考えている。農業も漁業も、林業も様々な形での社会性を持っている。より安全で、品質の高いものを供給することも社会性であるし、そうした産業で日本の過疎地域の再生を図ることも一つの社会性だ。自然と共生をはかる農業、漁業、林業は、環境保護という社会性も持っている。人の命や自然の大切さ、地域社会や地域文化の意味を守ろうとする「志」ある生産者を増やすことと、それを支援する「志」ある消費者を増やすことが、これからの日本の社会を考えるときに極めて重要だと思う。すべてが価格競争の流れのなかに組み込まれ、「志」よりも「金」が重要視される社会は必ず行き詰まるはずだ。

高い志をかかげ、品質の高い産品が作れるなら、そしてそれを支援する消費者の運動があるなら、いいものを「ブランド化」し、地域の枠を超えて、日本全国に流通させることができる。もっといえば、世界中に流通させることも可能になるのだ。

*志産志消の展開

具体的に志産志消運動の展開を考えてみよう。まず重要なことは、生産者がみずからの「志」を明確にして、それを産品に注ぎ込むとともに、消費者に伝えていくことが大切である。「安全な食品をつくることを目指してこうした作り方をとっていますよ」「自然・環境を守るためにこういうやりかたをしていますよ」「伝統文化を守るために、こうした活動をしていますよ」など、生産活動の「志」を明確化することは、自分たちの生産活動の意味を模索する上でも重要ですし、産品のブランド化を図る上でも大切だ。各地で様々な「志」産品が生まれることになる。

こうした「志」をできるだけ分かりやすく、消費者にアピールする仕組みをつくる。そして重要なのは、消費者の側の運動です。生産者が想いをこめて作った産品をしっかりと評価して、多少価格が上がってもその価値を理解して、消費していくという社会運動が必要である。

世界的な運動としてフェアトレードという運動がある。これは発展途上国の生産者が、自然に優しく、安全で高品質なものを作り、その生産者が生活を守れるようにするために、先進国の消費者がやや高めに設定されたフェアトレード品を購入していく運動です。いわば、発展途上国の生産者の「志」を先進国の消費者が評価し、購入していくというものである。国際的なレベルでの志産志消といえるだろう。

志産志消運動は、発展途上国―先進国といった関係のみならず、より普遍性を持って、農業、漁業、林業、文化産業などのレベルをあげて、社会を改善しようというものだ。地産地消の運動をさらに発展させ、「顔のみえる」関係から「志のみえる」関係を目指す。

スーパーやデパートなどの流通の場やレストランや旅館など食の場においても志産志消の店が増えるなら、生産の場から消費の場までの一貫した流れができる。

多くの地域で、多くの人が、「志」と「誇り」をもって、さまざまなものを作り出していく。そしてその「志」と「誇り」を評価し、産品を買っていく消費者との連携の創造が日本の新たな社会を生みだすのではないだろうか。

「金」と「効率性」が最優先されてきた現代の流れを、「志」をコンセプトに変えてみる。現代社会で劣勢になっている安全、環境、人情、文化、地域社会などは、志産志消の新しい流れによって甦ってくるはずだ。

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